欧州旅行記6・・・がっかりしたもの     
 
1.ロンドン塔
 
 イギリス史の血腥い場面に必ず登場する有名な建物ですね。全体が塔を囲んだ城塞になっていて、順路にそって歩くとあちこち回されます。いちいち列に並んでは見物していくのですが、最後にロンドン塔に近づくと、なんと中は閉鎖されてて見せられないと。一体何の為に並んだのやら。1日無駄にしてしまいました。16歳で収監、処刑されたジェーングレイ(national gallery サイト)や、幼いまま殺されたエドワード5世兄弟(ルーブル美術館サイト)の最後に思いを馳せようとしたのですが、内部が見れないとは。どこかに案内でもあったのかもしれませんが。もの凄くがっかりして虚脱状態に。川べりでぼうっとサンドイッチ食ってました。

どうでもいいような宝石展とかやってたりして散々引っ張り回されたあげくでした。
唯一の収穫は、展示室にあった日本の鎧甲。徳川二代将軍秀忠が、当時のエリザベス一世に送ったものとか。
ただ、狭いところにあって、写真は撮れず。
 





2.セントポール寺院
 
 ネルソン提督など、イギリス史の英雄や王族を祭ってある寺院ですね。しかし見てもたいしたことないし。
 
 何だかロンドンでは選択を失敗してしまったようでした。
バカなことに、大英博物館に行かなかったし。代わりに戦争博物館に行ったりして(^_^;)。
まあこれは良かったですが。ドイツの駆逐戦車、ヤクトパンターの実物が見れて大喜び。
あまりに興奮して見てて、監視の人に笑われてました。
 


3.ローレライ
 
 いわゆる世界三大がっかりの一つですね(^_^;)。まあ、分かってたから別にどうということはなかったのですが。
私はケルンから船に乗って、ライン川を上りました。途中、ボン、コブレンツを過ぎてしばらくした辺りにあります。
ああ、こんなものかふうん、という感じで過ぎました。歌が有名すぎるのが罪でしょう。
「なじかは知らねど、心侘びて・・・」、名曲、名訳には違いありません。
しかし、この船旅の退屈なこと。心侘びまくり。
両側に古いお城なんかがあったので写真をとるぐらいしかやることがありませんでした。
まあ、船旅では寛ぐのが正しいようで、私の過ごし方が間違ってたんでしょうが。

  しかしあまりにも退屈で、ローレライを過ぎた所にあるカウプ(Kaub)という町でついに耐えられずに下船、単線鉄道に乗り換えることに。
 この駅、今はどうなっているか知りませんが、当時は駅員一人でやっていました。
電話をしたかったので探したのですが見あたらず、駅員に聞くと、置いてない、とのこと。駅周辺にもそれらしいものはなし。
それほど寂れた町でもなさそうだったのにちょっとびっくり。客も他には誰もいませんでした。
駅員も驚いたでしょうね、突然、思いがけない異邦人がやってきて。




  後で後悔したのは、あの、映画にもなったレマゲン鉄橋の跡地を確認出来なかったこと。
なんだか知らないうちに通り過ぎていました。
 ナチスドイツは連合軍の進撃を食い止めるために、ライン川に架かっている橋を全て爆破しようとするのですが、このレマゲン鉄橋(正式にはルーデンドルフ橋)だけ爆破に失敗、米軍に奪取され、ここから進入されてしまったという有名な橋です。

1945年3月7日、ドイツ敗戦までちょうど2ヶ月の時点でした。
  しかし奪取された後も、ドイツ側は、イギリスに向けていた弾道ミサイルV2号や、当時最新鋭のジェット爆撃機Ar234などを使って必死に破壊しようと試み、その為に傷みが酷くなって、米軍進入開始後10日ほどで橋は崩壊してしまいます。この時米軍工兵28名を道連れにしたとか。

  V2号はこの橋に向けて11発発射され、命中弾は無かったものの、何発かが至近弾、最後の一発は橋から300ヤードのところに落下爆発、6人の米兵を殺し、多くの建物を破壊、橋にも大きな衝撃を与え(何しろ、マッハ4で激突しますから)、同日中に橋は崩壊したらしい(以上主に英語版wikipediaから)。左右の写真は、ロンドン戦争博物館のV2号。
弾道弾で目標は橋ですからねえ、ドイツの技術はすごかった。

 映画では、ドイツ側責任者役クリューガー大佐を務めたロバートボーンが印象深かったです。最後の処刑シーンとか。
実際の担当将校も橋を奪取された責任を問われ、ドイツ敗戦を目前にして(1ヶ月前)、軍事裁判で4人が即決処刑されたとか。
ヒトラーが激怒したらしい。まあこれがなくても、ベルリンはソ連軍に蹂躙されたのですが。

(追記) 訴追されたドイツ軍の担当将校は5人いて、一人は米軍の捕虜になってたため死刑を免れたらしい。
 CBSが制作した「20世紀の記録、運命のレマゲン鉄橋」には、戦後教師となったその人、ブラトゲ(Bratge)大尉が出演しています。爆薬が設置された後、1個小隊を率いて最後に残り爆破を実行する役だったとか。ところが導火線が銃弾で切れていて作動しなかったとのこと。また米軍側で奪取に成功した、ドラビク(Drabik)軍曹も当時のニュース映像で出ています。橋が崩壊する場面もあるなど貴重な映像満載です。ただし、全部がレマゲン関連のものかどうかは分かりませんが。ユンカース急降下爆撃機も出てきますが、本当にそのとき使われたのか知らん。米軍の制空下では鈍足のその機体では上空侵入も無理では。

これについては、別のページで詳しく書いています。
映画「レマゲン鉄橋」と実際の戦い。                                   


4 マルセイユのブイヤベース
 
 マルセイユの港、船の係留場に沿っていくつものブイヤベース専門店が並んでいました。
しつこく勧誘してくるので折角だからと一つの店に入って(といっても外で食うんですが)、頼んでみました。
 赤茶色いスープに魚介類を入れて煮るんですが、まあ別にどうって事がない、というか、出汁がないせいかあまりうまくない。名物に美味いものなしって、日本だけじゃないのかってな感じで、全然感動しませんでした。帰りの駅に向かう坂道がなんだか怖い感じで、ちょっと緊張。何しろ誰も外にいなかった(サッカーの試合でもあってたのかも)。

  その夜は駅の直ぐそばにあるチェーンのホテル(ホリデイインだったか)に泊まったのですが、朝食はバイキング形式で種類も豊富でこれが中々良かった。出てくるものは普通のものだけど美味かったし、フルーツ類等色々あってこちらに感動(笑)。

 テーブルに座って食ってたら、日本人のツアー客らしいおばさん達の集団が入ってきて、私のテーブルにも何人か座って何気なく食べ始め、「今日のスケジュールはどうなってましたっけ?」といきなり話かけてきました。

 こちらは面食らって、「この辺り回られてるんですか?」とか言うと、向こうも、あれっ?って反応。ツアーの添乗員と間違えたらしい(旅慣れてる風にでも見えたのかしらん)。聞くと、南フランス・プロバンスの旅とかいうツアーの客だとか。私が、「予定決めないで旅行してます」っていうと、「そういう旅が良いのよねえ」とか言ってましたが。しかし、ニースとか、ゴッホなどの絵で有名なアルルなんかを回る旅ってのもちょっと羨ましい気も。毎日ホテル予約したり行き先を考えながら回るってのも疲れます。



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