「妖怪」の話                   
 
 今まで「妖怪」を見たことが2回あります。
 
1.小学校低学年の頃、田んぼの中の道で
 
 小学校の2年生の頃だと思います。秋の夕暮れ、学校か遊びかから帰る途中でした。
辺り一面黄金色に染まった田んぼの中の道を一人歩いていました。もう誰も仕事に出てる人はいず、ただ黄色く色づいた田んぼが広がっているだけでした。
 ふと前を見ると、100mほど向こうに、何か不思議な形をした物がいるのに気づきました。それは真っ黒で、横に長い長方形をしていて、短い二本の足が生えていました。そして体を左右によろけるように揺らしながら、ゆっくりゆっくり近づいてきていたのです。
 四角い形の真っ黒な生き物が、体を揺らしながら近づいてくる。私は見た瞬間から心も体も凍り付き、口をあけたまま声を上げることもできず、恐怖の中に立ちすくんで一歩も動けなくなっていました。
 しかし、それは足を止めることなく、私の方に次第に次第に近づいてくるのです。そしてすぐ側まで来ると、私の方に体を向けて声をかけてきました。
 
 「あんた、なんばしよっと?」 
 
 見ると、それは柴を背負ったお婆さんでした。夕陽を背に受けていた為に黒く見え、腰が曲がっていた為に頭が見えず、柴で出来た長方形と足だけが見えていたのです。その人は、そのまま通り過ぎていったのですが、私は体の縛りが解けず、そのまま恐怖が冷めるまで動くことが出来ませんでした。
 
 勿論これは本当の妖怪ではありません。しかし、妖怪というものは全てこういう風に、勘違い、誤認識されたものでしょう。そういう意味では、これこそ「本当の」妖怪です。
 
 
 ところで、これをお婆さんの側から見るとどういうことになるでしょうか。
 
 山で枯れ枝を集めて曲がった体にいっぱいに背負い、暗くなる前に家に着こうと田んぼの中の道を歩いていました。ふとみると、前の方に小学生が立ちすくんでいます。こちらを凝視して身動きもせず、顔には恐怖の色を浮かべているのです。すぐそばまで近づいてもその子は全く動きません。「狐でも憑いたんじゃなかろうか」と不安になって、声をかけたのです。
 
  「あんた、なんばしよっと?」 
 
 だけどその子は凍り付いたような表情のまま、その場に立ちすくんでいるのです。「どうしたんじゃろうか、変な子やねえ」と思いながら、お婆さんは何となく恐ろしいものを感じて、立ち去るしかありませんでした。そして、折に触れては思い出したことでしょう、「あの子は何しよったんじゃろうか、あれは妖怪だったんじゃなかろうか」と。
 
 真っ黒に見えたのは遠くから見たからですから、お婆さん自身が真っ黒だと認識することはあり得ません。自分が、足の生えた四角い妖怪と思われたことなど、完全に想像のらち外だったでしょう。
 
 全く同じ環境で同じ風景を見ながら、全く相反する認識を得て、そしてお互いそのことに気づかない、ということがあるわけです。
 
 
 2 大人になってから、住宅街で
 
 深夜仕事の帰り、小雨の降る中住宅街を歩いていました。
 見ると、前方2,30m先の道の真ん中に白い看板が立っているのです。工事中に立てる看板のような縦に長いものです。なんでこんな夜中に立っているんだろうか、しまうのを忘れたんだろうか、と変に思いながら近づいていきました。
 すると、その看板が動いていることに気づいたのです。どちらの方向に動いているのか、にわかには分からなかったのですが、どうも遠ざかる方向に動いているようでした。
 こんな夜中に、雨の中、看板を背負って歩いている人がいるのか、どういうことなんだと不思議に思っていると、更にその看板が左右に揺れながら歩いていて、その揺れ方が自分の歩きと同期していることに気づきました。私の体が揺れた方向にそれも動くのです。それに気づいた時点で、ゾッとするものを感じて、何かに化かされてるのではないかと、ほんとに思い、足を止めてみたら、それも動きを止めてしまったのです。
 
 立ち止まってよく見ると、その白い看板と見えたものの上半分は、道の正面にある住宅の垣根で、下半分はそれが路上の水たまりに映ったものだったということがわかったのです。真っ白に塗ってあったので、それだけが周囲から浮き上がって見え、また下半分は反射して見えたものだったので、私の動きに連動して水たまりでの反射ポイントが動いて(前後方向、あるいは左右に)、動いているように見えたのです。
 

 これも、上に書いた意味で、「本当の」妖怪です。


 まあ、ただそれだけのことなんですが、あの水木しげるのマンガに出てくる「塗り壁」を思い出したわけです。この妖怪の性質として、「下の方を棒で払うと消える」というものがあるとか。これはひょっとして、水面を棒でたたくと像が乱れ、正体がはっきりする、ということを指して言っているのではないか、と思ったのです。また、「通路を塞ぐ」という性質も持っているらしいのですが、それは水面上での反射ポイントが、体の動いた方に動くという事によるのかもしれないわけです。



 この妖怪は、その由来がはっきりしないらしい。しかも、初出が昭和初期という非常に遅い変わった妖怪らしいのです(似たようなものは伝承にあるということですが)。

この妖怪が出る条件を考えてみると、「塗り壁」という言葉から、何らかの「屋敷」がないといけない(水木しげる氏自身は南方の戦場で出会ったということですが)。また「通路を塞ぐ」、と言う性質を持っているらしいので、はっきりした「道路」がないといけない。また夜間、壁が見えるということから、何らかの「明るさ」が無いといけないわけです。しかし、あまりにも明いと妖怪には見えません。

 これらの条件は、江戸以降、電化される以前の日本に合致するように思えます。そして事実、その頃(の末期)に記録されたらしいのです。それでは、私が見た時の状況はどうか。現代ではありますが、街灯や下水道整備がいい加減な関東の某小都市にいます(平和都市宣言とか、そいうことには熱心らしい)。あまり明るくなかったのです。また視力が弱いのにメガネを掛けていませんでした。何となく、戦前の日本の状況に近かったわけです。
 
 「塗り壁」の起源については、北九州で発生したと一致しているようです(柳田国男説をもとにして)。ですが、これって、江戸の大名などの屋敷街で、篝火などの不安定な照明の下、水たまりに映ったものが起源ではないか、と思った次第です。

(H19/5/19) 



追記 最近アメリカで、「塗り壁」の江戸時代の絵が発見されたとか。朝日新聞 http://www.asahi.com/culture/update/0804/TKY200708040127.html
(上記サイトは消えているので、wiki

三目の巨大な犬?のような形をしています。上に描いた想像とは全く違うようではありますが(^_^;)、白い壁が、風に動く光源のもと、揺らいでそのように水面に映って見えたのかもしれません。現代の私に「工事現場の看板」と見えたように、何か見慣れたものに結びつけるでしょうから。路上で白くうごいて見えるものを、白い犬と見るのは自然なことと言えるのではないでしょうか。

また、これによって、北九州起源が見直されるかもしれません。
(H19/8/12追記)

(h26/9/13一部手直し)

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